2018.04.21 水芭蕉を尋ねて(その2)



 

■五十里湖〜川俣湖

 


中三依を過ぎてからは五十里〜川治を経て土呂部を目指していく。 五十里までは男鹿川に沿って下っていくことになり、寒冷地から温暖地へと抜けるため季節が進む。




これは五十里湖の最上流付近。農業用水需要のためかダム湖の水位は低めで湖底が露出している。緑が鮮やかなのは柳の仲間だ。川沿いの柳の仲間は芽吹きが早いのでひときわ目立つ。




海尻橋を過ぎたあたりでトンネルを抜け、川治ダムへと抜けた。ここのダム湖は八汐湖と呼ばれている。栃木県花ヤシオツツジのヤシオと同義で、下野国の異称のひとつだ。




久方ぶりにみるダム壁(高さ140m)はやはり圧巻であった。筆者はかつて壁面中ほどのキャットウォークを歩いたことがあるけれども、湾曲した壁面はなんとも迫力がある。黒部ダム(富山県)の180mには適わないが国内有数の巨大ダムである。




ここからはダム湖に沿ってr23を西に進む。もうこのあたりはかつての日光山(東照宮+輪王寺+二荒山神社→かつては神仏習合で一体だった)の領域に入っている。




湖畔に満開の桜をみつけた。この付近は東京で言えば3月下旬、那須野ヶ原でいえば4月上旬の気候に相当している。




ダムに沈んだ旧道はモーターボートのエントリポイントとして使われており、どうやら釣りをする人が利用しているらしい。




おお、向こうに見えるは女峰山であろうか。まだ残雪がみえるな。いい風景だ。



 

■土呂部へ

 


そのままr23を進むとやがて黒部に至る。富山県の有名どころと紛らわしいのだが(^^;)ここにも黒部ダムというのがあり、実は国内初の発電用ダムとして土木マニアには知られている。

ここから北に折れてr249を進むと土呂部がみえてくる。




それにしても秘境感あふれるところだなぁ。




やがてわずかばかりの盆地がひらけ、小ぢんまりとした集落が見えてくる。ここが土呂部である。




土呂部は土呂部川に沿ったおよそ1kmほどの盆地に開けた集落である。 この盆地は周辺から沢水の流れ込む水の溜まり場で、本来は水でヒタヒタになった沼地のようなところであったらしい。この地勢を称して当初は 「泥部」 といい、のちに 「土呂部」 と改まった。

盆地の最北端、やや高台になったあたりには滝尾神社がある。この神社は二荒山神社の別宮で土呂部の鎮守社にあたり、おそらくはこの周辺が土呂部の最も古い集落になるのだろう。

水芭蕉の自生地は集落の南方、オッパタ沢とサワラ山沢が土呂部川に合流する付近にある。現在は堤防工事が進んで治水環境が向上しているけれども、この合流部はかつては大雨のたびに水の氾濫するところで、長らく耕作地にはならず、水芭蕉が生え放題になっていた。現在は合流部の北側の湿地は畑になっており、南側が水芭蕉の保護区となっている。




自生地は一見すると地味でわかりにくい。ランドマークとしては民宿 「水芭蕉苑」 の看板をみつけて100mほど南下すればよいだろう。鹿の食害を防ぐためのフェンスがあり、小さな駐車スペースと簡易トイレをみつけたら、そこが自生地の入り口である。
 



フェンスの入口には簡易な閂(かんぬき)があるのみで鍵はかかっていない。網には人の腕が入る程度の穴が開いており、閂は扉の内側/外側のどちらからでも開閉できる。もちろん通過したらきちんと閉めておくのがマナーだ。




さて足を踏み入れてみると・・・おお、これはすばらしい。




正直なところ、こんな密度で咲いているとは思わなかったのでちょっとした驚きだった。 10年ぶりくらいで来たけれども以前はこんなに咲いていなかったように思う。・・・ということは、保護活動はそれなりにうまくいっているということかな。




惜しむらくは湿地とはいっても傾斜のある山裾(やますそ)でほとんど草地に近く、 尾瀬沼のような景観にはなっていないところだが・・・・・・まあそれでも、これだけ派手に咲いてくれていれば十分満足すべき状況だろう。




敷地内にはいくらか水の湧き出しているところがあり、腐葉土と泥炭のミックスしたような柔らかい地面のところどころに水面が見えている。ざっと見て9割以上は草原な訳だが、こういうところを見つけると 「ああ、湿地帯なんだなぁ」 という風情があってよろしい。




「昔はこれを食べたのですよ」 ・・・と、筆者は山歩きの地元民氏から聞いたことがある。

食べたといっても写真映えする花(苞)の部分ではなく、この後に伸びてくる葉を刈り取ってお浸しにしていた。山間の小集落である土呂部ではコメはわずかしか採れず、主食は粟、稗、蕎麦、大根などの畑作に頼るしかない。動物性蛋白質としてはイワナ、ヤマメといった川魚の他、渡り鳥の 「ツグミ」 を網で捕まえて食した。そういう質素な食糧事情は昭和40年代まで続いていたそうで、そのなかで水芭蕉もまた貴重な栄養資源の一翼を担っていたという訳だ。




ちなみに Wikipedia を紐解くと水芭蕉は食用には適さないとの記述があり、毒性により呼吸困難や心臓麻痺を起こす危険が・・・などとあって筆者は 「えー」 という違和感をもった。とはいえこの種の食品(または薬効成分)と健康に関しての禁忌情報は数的にはすくない不幸な事例を大袈裟に表現している場合もあり、たとえば同じページ内で記されているシュウ酸カルシウムについてもこれをダメというのなら世間のコーヒー産業は商売上がったりになってしまうので、まあ程度問題なのであろう。




さてそれはともかく・・・見ごろシーズンど真ん中だというのに、この自生地には筆者を含めて2〜3人くらいしか人がない。 みな静かにやってきて、静かに景観を楽しみ、静かに去っていく・・・そんな控えめなサイクルが、ゆっくりと廻っている。

観光資源としてみれば、地元のキャンプ場の中の人などはもっと人が来てほしい・・・という思惑があるのに違いない。しかし筆者としては、このくらいのゆったりとした風景こそが好ましい在りようのように思えた。



そんな次第で、今回はこのあたりで締めくくろうと思う。

【完】



 

■あとがき

 
えー、久方ぶりのレポートなのでいくらかあとがきも書いてみようかと思います。

栃木県で水芭蕉が見られることは案外知られていないようで、平地ではツツジやポピーの開花期と重なることもあってか、 どうにもこの花を見に行こうという人は少数派のように思えます。筆者的にはいい被写体だと思うのですけれどね(^^;) 尾瀬のような雄大な景観ではありませんが、それでも桜やツツジ一辺倒ではない春のシンボルとして、筆者は割と気に入っています。




土呂部の群生地を見た後、筆者は湯西川温泉を経由して戻ったのですが、土呂部の集落の北側にも小さな群生地があり 「こんなところにもあるんだなぁ」 としばし感心しながら見入ってしまいました。もしかするといまだに知られていない小さな群生地が、実はちょこっと藪を分け入ったところに今でも点在しているのかもしれません。

※今回はスルーしていますけれども塩原温泉の妙雲寺境内にも人手によって移植された水芭蕉があり、こちらは山奥まで行くのが面倒・・・という方でも簡単に見られます。




ところで人の集落近くの群生地を見て回ったおかげで、今回は水芭蕉と桜が同時に咲いている風景をよく見ました。桜にも種類がいろいろありますけれども、標準的にお花見の対象になっているソメイヨシノには2/1以降の最高気温を積算して600℃に達すると開花するという目安があります。つまり日々の気温変動をモニターすることで開花時期の予想が可能です。

・・・であるなら、水芭蕉の見頃も同じ理屈で予想できるのかもしれません。ちなみに上三依駅の桜と水生植物園の過去の写真を調べてみたところ、水芭蕉の方が一週間〜十日ほど早く咲きはじめるようなので、桜の開花予想式をそのぶんオフセットすればよさそうな気がします。桜とリンクしていることがわかると 「夏が来れば…」 の歌詞とますます乖離していってしまいそうですが、まあそこはそれということで(笑)

【おしまい】