2008.10.29 日塩もみじライン (その1)




塩原のもみじラインがイイカンジのようなので見て参りましたヽ(´ー`)ノ



どうも今年の秋はご近所イベントや仕事イベントで時間がままならいのだけれど、景気が悪くなってきたせいか休日出勤分は代休を取って消化しておけとの天の声が響いた。 そんな訳で塩原を目指して流してみた。 ただし風邪気味で体調がアレなので、無理はしないヘタレドライブになっている(笑)




さていつものように関谷経由でR400に乗り渓谷沿いを行く。せっかくの平日ドライブなので悠々と行こう……と思っていたのだが、見れば平日だというのに結構クルマが多い。それも乗っているのは老人ばかり。

世間では団塊の世代が退職年代に入って暇人人口が増大中というけれど、こんなところにもその影響がきているのかね。




■布滝周辺




そうは言っても週末の渋滞よりは数段マシなので気にせずゆるゆると行く。途中、渓谷の定番スポットである布滝に寄ってみた。




天気は超晴天で、本来なら渓谷歩道をすたすた歩きたいところだ。 しかし風邪で発熱中なのでそれは我慢。




箒川の水面に目をやれば、上流から流れてきた色とりどりの落ち葉が赤/黄の模様を形作って流れていた。これが流れてくるということは、上流側の紅葉もいい感じなのだろう。しばし眺めながらコーヒー休憩をする。




■ビジターセンター




次のポイントは塩原ビジターセンターである。本来ならもうひとつ手前の天皇の間記念館を押さえておきたかったところだけれど、混雑しているようなのでスルーした。このあたりは木々の個性がバラバラで色づきのよい木とまだ青い木が混在している。




このうち、お目当ての簡保の宿との境界付近にあるいろはモミジが非常にイイカンジの染まり具合だった。漢字で 「紅葉」 書くと 「こうよう」 あるいは 「もみじ」 とどちにも読めてしまうのでややこしい限りだが、植物名としては楓(かえで)だったりしてさらにややこしい。




ちなみに植物としての紅葉(もみじ)の種類は園芸種も含めれば300種にも及ぶそうで、紅葉(こうよう)として見栄えのする樹種は一般に "いろはもみじ" とされる。主に関西圏、四国、九州でよく見られ、自生株の分布北限は福島県である。那須~塩原は実は分布の北限に近い。

これが塩原では非常に状態よく分布している。というのも渓谷の中域~底域に自生する株は台風が直撃しても直接強風には当たりにくいため、なかなか葉が痛まないのである。 だから傷や欠けのないキレイな状態で色づき、写真映えする。吹きさらしの山頂にボロボロになりながら自生している野生児もいいけれど、渓谷の紅葉(もみじ)は美人が多い原則は知っておきたい。




■もみじライン(日塩有料道路)へ



さて箒川沿いからもみじラインに分岐して登り始めると、新湯付近から一気に見頃の風景が広がりだした。




料金所前の休憩所はクルマで一杯。 面白いことに 「こんな山奥に何の用事があるんだよ」 とツッコミを入れたくなるような営業車両が混ざっている。息抜きでこんなところを抜けていく外回り社員さんもいるのだろうか。




料金所から上は、まさに 「もみじライン」 の名に恥じない美しい紅葉が連続する。




もう、赤、赤、赤……いいねぇ ヽ(´∀`)ノ

※ところでこういう赤みの強い被写体を撮影する場合、オート露出に任せっぱなしにすると赤色が飽和してベタっとした写真になってしまうことが多い。というのもカメラの露出補正というのは雑多な色の混ざった景観に対応するために 「平均的に灰色のものが写っている」 という前提で補正をかけていて、極端に特定の色が大面積を占めるとそれが過剰になってしまう場合があるからだ。赤みの強い被写体を取る場合は露出を少しマイナス気味にするとうまくいくことが多い。




■日塩道路の今昔




ここで少しばかり 「もみじライン」 の昔話を書いておきたい。

今でこそ観光有料道路になっているこの付近だが、道としての歴史は近世、江戸期にまで遡る。天和三年(1683)夏、日光地震と呼ばれる群発地震があり塩原温泉:元湯の集落が壊滅し、新たに湧出した新湯温泉に住民が移り住んだ。このとき温泉から東西に開削された道が現在のもみじラインの原型にあたる。

この道は永らく登山道に毛が生えたくらいの状態で、クルマが通れるように拡充されたのは1972年のことである(⇒これが現在のもみじラインにあたる)。時代はちょうど高度経済成長期で、列島改造ブームもあり、実は日本の山岳道路の多くはこの時期に一斉に開通している。

ところでこの1972年というのはかなり絶妙で、翌1973年にはオイルショックが起こって世界的な不況となり、このとき工事中だった全国の道路事業は次々と凍結/中止されている。 もみじラインの整備は紙一重での滑り込みセーフ、いっぽう塩原~那須に抜ける塩那道路はパイロット道路は造られたものの結局中止となってしまった。




道路というのは完成してしまえば社会インフラとしてメンテされるけれども、中止となると草木に埋もれるばかりとなる。 これ(↑)はもみじラインの一部だが、たびたび橋が掛け代えられて古い世代の橋がすぐ隣に放置されているものだ。森の植生の復元力の凄まじさが見て取れる。




■ハンターマウンテンスキー場~明神岳




ゆるゆるともみじラインを登っていくと、やがてハンターマウンテンスキー場に至る。もうもみじラインの最高標高点に近く、これ以上高い所は落葉松林になってしまう。ぎりぎり紅葉(もみじ)の紅葉(こうよう)が見られるのがこのあたりだ。

ここはオフシーズンでもリフトを動かしているので明神岳の頂上に登るにはお手軽で便利なのである。そんな訳で、ちょっと寄っていこう。




ここの標高は塩原温泉と比べると700mほども高く、冷え込みもつよい。紅葉はちょっとピークを過ぎたくらいか。でもまだ鑑賞には耐える気がする。




ほほう、山頂は氷点下で凍結か。遊歩道が立ち入り禁止ということは、レストハウス付近を見ておしまい、といったところだな。




しかし、それでも上がってみるのが漢というものであろう。
ぐおおおおお~ん…♪




登ってみると…、おお、さすがに寒い…!! 風邪で体力の落ちている身には、これは少々キツイな。あたりはもうすっかり冬の様相となっている。




目を下界に転じれば、鶏頂開拓のゴルフ場と、そのはるか向こうに会津駒ケ岳までがみえた。 向こうはもう冠雪しているのか・・・季節の巡りは早い。




レストハウスの直下に広がるのはダケカンバの森である。まだかろうじて葉が残っているが、こちらもほぼ冬景色へと移行しつつあるようだ。




山頂駅に隣接する、申し訳程度のレストハウスに入ってみた。見ればもうストーブに火が入っている。先客の御老体が数名、お茶を飲みながら下界を眺めていた。「もう、冬だねぇ…」 という趣旨の会話を、スローモーションのようなテンポで交わしている。

筆者は、隣で黙って缶コーヒーを味わった。味は、ほろ苦い。なぜほろ苦いかといえば風邪薬を流し込んでいるせいだ(笑) このとき体温計は38℃。あまり無理はしないほうが良さそうか。


<つづく>