サソ

写真紀行のすゝめ:撮り方とか


フラッシュを焚かないという選択


さて今回はフラッシュ(ストロボ)を敢えて焚かないという話を書いてみようと思います。暗い所の被写体を撮影するとき、フラッシュはなかなか便利なアイテムで、プログラムオートなど初心者モードにしていると勝手にポップアップして光ったりします。これはこれで便利なのですが、いかにも素人写真という撮り方の典型でもあるので、ここでは "敢えて使わない" ことによる情感の演出をPUSHしてみようと思います。…まあ、好みの問題だろうと言われればその通りなんですけどね(笑)



■ そもそも、フラッシュはどこまで届く?


ところでそもそも、フラッシュというのはどこまで届くのでしょう。もちろん製品によってピンキリではありますが、ここでは外付けの外部ストロボではなくコンデジやデジ一眼に内蔵されている小型フラッシュについて考えてみます。

※日本では「ストロボ」とか「スピードライト」という言葉が同義で使われますが、英語圏では写真撮影につかう閃光照明は「フラッシュ」と呼称することが多いです。

フラッシュの性能は一般にガイドナンバー(GN)という数値で示されます。最近のデジ一眼の多くは GN12 くらいのフラッシュを内蔵しています。これはISO100の感度で絞りをF4としたとき3m先にある被写体を適正に照射できる明るさです。フィルム時代の名残りで現在でもフラッシュの能力を測る基準感度はISO100で、撮影に必要なフラッシュの性能はGN=F値x被写体までの距離で求められます。

GN12のフラッシュを焚いた場合、そのときのカメラのISO感度設定、および絞り設定(F値)から導かれる照射距離は右図のグラフのようになります。条件によってかなり有効範囲に差が出ることがわかりますね。現在ではフィルムからデジタルに移行してISO感度上限は1600、3200、6400、12800…とどんどんインフレが進んでいるので 「なんだこりゃ」 感が強くなってしまいましたが(^^;)、内臓フラッシュの能力はカメラの標準感度(最も画質のよい感度→たいていはISO 100)で撮ったときにざっくり3〜4mというのが相場と思ってよいでしょう。これは旅行先で少人数の記念撮影をするときの最も "ありがち" な距離感でもあります。

ところで、照射距離のグラフをみると 「カメラ側のISO感度を高めにしてやれば遠くまで撮影できてラッキー♪」 と思う方がいるかもしれません。しかし光の強度には光源からの距離の自乗(二乗)に反比例して急激に暗くなる性質(光に限らず電波、音波、静電気力などにも一般化される物理特性)があって、ストライクゾーン=ちょうどよく照らせる範囲は以外と狭いのです。主要ターゲットの手前に何かがあると明るく飛んで写りますし、奥にあるものは真っ暗に映ってしまうので、奥行き方向に人物や物体が並んでいる状況ではうまく照明ができません。




その現象の顕著に出た例を示してみます。これ(↑)は夜の神社の楼門をフラッシュONで撮ってみたものですが、見事に手前の人物が白く飛んでいかにも素人写真という感じになってしまいました。一般に明るすぎるフラッシュは写真の印象を安っぽくしてしまいます。

そこで思い直してフラッシュなしでしっかりカメラをホールドして撮ったところ、右図のようになり、全体像が違和感なく収まりました。こういうことがあるので、筆者はよほど暗くて代替手段がないときを除いて、フラッシュを使わないことが多いです。

※フラッシュを焚かないということは暗い環境でスローシャッター気味に撮るわけですから、手ブレしない程度までISO感度を上げて撮る必要があります。




■ フラッシュは雨/雪/霧に弱い


さてフラッシュには弱点がいくらかあります。代表的なものは先に述べた適正距離のストライクゾーンの狭さですが、それをもう少し拡大して周囲の空間に細かい粒子がたくさん浮いている状況にも非常に弱いです。具体的には雨、雪、霧などです。



これ(↑)は霧の中での撮影事例です。ホワイトバランス的に出来栄えが微妙なのはひとまず忘れて(笑)、霧のなかでフラッシュを焚くと丸い亡霊のような像が大量に写る様子がみえると思います。これは霧を構成する微小な水滴のひとつひとつがフラッシュで照らされて浮かび上がり、ピンボケの明像となったものです。画面全体がノイズ状に埋め尽くされてしまうのでこういうシチュエーションではフラッシュは焚かないほうが賢明でしょう。

※余談:どこまで本当かは知りませんが、むかし怪しげな宗教団体がこの現象を利用して 「水子の霊が写っています、さあこの壺を買って除霊を〜♪」 …などと霊感ビジネスをしていたそうです。しかしこのピンボケ像は霧吹きでシュッとやっただけでも再現できるもので、心霊とか加持祈祷とかエクソシズム(!!)とはまったく関係がありません。良い子の皆さんは原理を正しく理解し、くれぐれも騙されないでくださいネ。



霧よりもさらに粒子の大きな雪では、フラッシュを焚くともう背景に何があるのか判別不能になるくらい派手に現象が出ます。シャッター速度によっては落下する雪が尾を引いて人魂のように映る場合もあります。




しかしそんな天候でも、しっかりとカメラをホールドしてフラッシュなしでスローシャッター気味に撮ると、雪を写さずに背景だけを画像に残すことができます。この作例は ISO6400、f/4.5、1/20秒 で上の雪の写真と同日同時間帯で撮っていますが、このくらいのシャッター速度だと雪は流れてしまって像としては残りません。雪洞(ぼんぼり)の仄(ほの)明るさで浮かび上がる雪祭りの会場などは、フラッシュを焚かない方が幻想的で美しく撮れます。




こちらも似たような事例です。フラッシュの人工的すぎる照明は、風情の面であまり良い結果にはつながりません。フラッシュは焚かずに雪を消した方が情感がうまく表れています。

※撮影意図によっては敢えてフラッシュを焚いて雪の粒を写し込むという演出もあり得ますが、筆者的にはフラッシュの効果を理解したうえで行われるべきだろうと考えています。



■ 神輿や山車の写真でも、できればフラッシュは使いたくない




さてこれは人によって感性に差が出るかもしれません。上の作例は祇園祭りでくり出した山車(だし)を撮ってみたものです。"フラッシュあり" の方(左)は周辺の人波やお囃子の面々までくっきりと明瞭に写っています。一方で "フラッシュなし" の方(右)は若衆の姿がやや暗めで判別がつきにくいかもしれません。これを 「どちらがいい?」 と聞かれた場合、さて皆さんならどう答えるでしょう(^^;)

おそらくその問いに、これだという絶対の正解というのはありません。筆者は、"資料" として山車の構造や引き回しの様子を記録するならフラッシュありの方が適していると思います。 しかし祭りの雰囲気を "作品" として残すなら、フラッシュなしのほうが断然良いと感じます。 そもそも夜祭では暗いところで提灯の明かりで山車が浮かび上がるのが美しいのであって、フラッシュはその本来の姿を掻き消してしまうからです。

これは他の祭り、あるいはノスタルジックな街並みや、夜景などにおいても同様ではないでしょうか。 夜間に行われる火を使ったイベントや花火大会などもそうです。フラッシュ照明が入ってしまうと、途端に雰囲気が安っぽくなってしまうのです。

右の作例は那須の御神火祭ですが、この祭りは松明の炎で浮かび上がる九尾の狐に扮した氏子衆が太鼓を打ち鳴らす姿が魅力のイベントです。最近は人工照明がいくらか入って炎だけで浮かび上がるおどろおどろしさが減ってしまいましたが、それでも大松明の10メートルを越える巨大な炎の照り返しで染まる姿は見ごたえがあります。こういう被写体を安易にフラッシュで照らしてしまうのは、やはり味気ないだろう…と筆者は思うのです(^^;)



 

■ まあ結局は好みの問題ということで


…ということで、あまりねちっこく話を引きずるのもアレなのでまとめです。

いまどきのカメラはオートモードにしておけば暗いところでは勝手にフラッシュが点灯して 「良きに計らえ」 式に撮れてしまいます。これは多くのライトユーザーに便利な機能として受け入れられていて、良い悪いを決めつけられるものではありません。



しかし "ありがちな記念写真" から一歩踏み込んで、光のある情景を一枚の絵として残そうと思ったとき、フラッシュは "焚かない選択" をしたほうが自然で美しい結果を得られることが多いです。

現在では1枚のメモリカードに数千枚単位で記録ができる時代です。そこでと言ってはナニですが、筆者は今までフラッシュを多用していた方にも "敢えて焚かない写真" を何枚か残しておくことをお勧めしたい。特に夕闇のせまる頃、何気ない風景がみせる光のやわらかな感触が、一見すると無駄にみえるかもしれないショットの中にきっと情感豊かに捉えられることでしょう。…それはまちがいなく、思い出の一コマになるだろうと思うのです。

…ということで、これ以上引っ張ると思想の押し付けになってしまいそうなので、このへんでおしまいに致しましょう(^^;) ではでは。






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