2012.04.22 桜の季節、到来




桜が咲いたのでちらっと見て参りましたヽ(・∀・)ノ


今年は3月後半が寒かったこともあって全国的に桜の開花は遅めに推移している。…が、ようやく那須塩原市内も見頃になってきたようなので近所を周遊してみた。…とはいっても満開絶好調の花具合とは対照的にこの日の空模様はスーパー曇天で、とりあえず開花状況をサラっと確認した、という程度のレポートである(^^;)


■黒磯公園



さてそんな訳でまず黒磯公園から見てみよう。開花状況は、ほぼ満開…というか8分咲きくらいである。

空模様は雲が厚く垂れ込めていていてあまり花見という雰囲気ではないのだが、それでも人出はそこそこにある。駐車場の埋まり具合は7割くらい。ぼちぼち昼がちかい時間帯で、敷物をもった家族連れが集まりつつあるようだった。こんな天候でも花見を欠かさない、というのは実に日本人らしい風雅の発露(?)といえる。



春の天気は周期性があって雨と晴天が交互にやってくる。桜の見頃はまあいいところ一週間くらいで、その間にヒットする週末はせいぜい多くて2回、それが雨に当たるか晴れに当たるかは神のみぞ知る…といったところである。今年はどうやら神様はご機嫌ナナメでいらっしゃるらしいが、まあ雨が降っていないだけマシと考えよう(^^;)



桜にとって曇天でプラスに働くことを探すのは少々難しいが、直射日光で影が強烈に映りこむことが無いので、やわらかい印象で写真を撮るのであれば曇天での撮影は実はそれほど悪くない。空を画面に大きくいれると間の抜けた画面になるので、どアップで撮るのがコツといえばコツであるが…(^^;)



ついでに言うと8分咲きというのも色の乗りと花のシャッキリ感という点ではちょうど撮影には向いている。かなり白っぽい系のソメイヨシノの花も蕾(つぼみ)の色は濃い目なので、多少咲きかけくらいのほうがいわゆる "桜色" が綺麗に出るのだ。



て公園の一角では小規模ながらフリーマーッケットらしいものも行われていた。最近ぼちぼちこういう試みが増えてきたような気がするけれど、景気はどうなのだろう。



人が集中しているのは、テキヤの出店の並ぶ一角だった。花より団子…というのを地で行っていて、あまり風雅という感じはしないが(笑)、しかし縁日的な空間に活気が満ちているというのは、見ていて楽しい。


 
テキヤ業界の歴史…というものに筆者はさっぱり詳しくないのだけれど、伝統的な寺社の門前などを除く、公園やガード下などの 「よく出店が出る場所」 というのは戦後の混乱期にヤミ市が立ったと名残りだという説がある。

黒磯公園は公園として整備されたのが昭和31年、その前身となる忠魂碑が建ったのが同29年で、闇市の盛んだった昭和20年代前半とは整備時期がズレている。合併前の黒磯町時代には周辺で最大の市街地をもち、その中にあった最大の公園…ということで、最初からイベント志向で立ち上がったのかもしれないが…正直なところよくわからないなw



それはともかく、そろそろ昼時…ということもあって、小腹が空いた。ここはひとつ、大判焼きなどを食って地元経済にささやかなる貢献をしてみよう。


 
貧乏サラリーマンに癒しのひとときを提供してくれる1個 \120の至福の和菓子。日本の伝統的な作法に従えば、お茶とともに頂くべきところだが、筆者は缶コーヒーと組み合わせて頂いた。これがまた、実に旨いのである (´ー`)




■埼玉




さて黒磯公園を後にして、埼玉付近をゆるゆると走ってみる。埼玉は那須疎水第二分水尾沿いに拓かれた、那須東原のちょうど真ん中付近にあたる開拓地である。入植者が埼玉県出身者中心だったために開拓地の名称が埼玉となり、ローカルな字名として熊谷とか行田などがついた(※いずれも埼玉県内の都市名である)。

明治時代の開拓農地に隣接して、昔の陸軍埼玉飛行場跡が現在は水田と山林のパッチワーク状に分割されて広がっている。その司令部跡=埼玉小学校の桜がちょうど満開になっていた。ちなみに写真奥側の信号のところが飛行場の正門だったところだ。




飛行場の周辺は、現在でも農村地帯がひろく分布している。GWを控えて、付近の水田にも水が入り始めていた。


 
埼玉地区の水利を支える那須疎水第二分水は、水田需要のため上流側の水門が大きく開けられているようで、いつもより水量が多く流れも早かった。水面が大きくうねりながらザブン、ザブン…と流れ下っていく。

兼業農家の多い那須野ヶ原ではGWに田植えを済ませてしまうところが多く、その準備として連休前のこの週末は代掻きが行われる。一年で水需要のもっとも旺盛な時期が、この季節なのである。




そこを遡っていくと、いつもの定番の桜スポットに出る。雑木に混じって桜が密集し、牧草の緑と対になってふんわりとした景観を見せてくれるところだ。

見れば奥に土団子状の塊が並んでいるのが見える。これはどうやら昨年からの除染活動の産物らしい。・・・こんなところにも震災の影響が見えているのだなぁ。




…が、今回は桜を愛でるのが目的なので、とりあえず花具合をチェックして先に進むことにしよう。



■東那須野公園




埼玉を経由したのちは、東那須野公園にやってきた。ここはテキヤの出店もなく、人出も少な目だが、案外穴場的な桜スポットである。


 

公園のある標高298mの小山は国土地理院の1/25000の地図上では稲荷山とあるが、地元民は峰山と呼んでいる。新調された公園の横断幕にもやはり通称のほうが優遇されて 「みね山」 と書いてあった。国土地理院との見解の差は今年も埋まりそうになく、おそらくはずっとこのままのような気がする…(^^;)




さてここは水仙と桜の美しいところである。水仙は花持ちがよく、梅の頃からイイカンジで咲いている。なんだかんだと二ヶ月ちかく咲いているのではないだろうか。スゴイことだ。


 
ちらほらと小雨が降り出してきたので、慌ててスタコラサ…と駆け上ってみる。那須山塊が見えないので背景的にはいまひとつだが、桜の開花状況は非常によろしい。


 
目を北側に転ずれば、山ばかりではなく屋敷森の点在する田園風景も眺めることができる。

屋敷森を持っているのは古参の農家である。今は失われてしまったが昔は眼下に沼があって、水に困窮する那須野ヶ原にあってここはオアシスのような立地であった。9世紀はじめの弘仁年間(810-824)には仏寺 「金乗院」 が建立されており、地味ながらピンポイント的に1200年もの歴史が堆積している。



そんな田園風景と桜を組み合わせて1枚。晴れていれば水面が鏡のように青空を映して非常に美しい景観となる。

なお写真中央にゆるやかに蛇行している道路は、かつて大田原から東小屋を経由して白河までを結んでいた古道である。江戸時代には奥州街道を行き交う参勤交代の大名行列を避けて、商品輸送の迂回路として荷駄が行き交った。このルートの東古屋から黒磯方面が、明治維新後に国道4号線に格上げされて東日本の交通の軸となっていく。ここは、それが盲腸のように(^^;)取り残されて残っている区間でもある。


 

さて公園の最高標高点の休憩所(というか東屋)がいつのまにかリニューアルして復活していた。

それにしても、あれだけ激しく崩壊したのだから根本的に作り直すのかと思ったら、デザインがまったく一緒というのは何たることだろう(爆)



見ればジョイント部など多少は丈夫にしているようだ。壊れたらまた簡易に作り直せ、という思想であれば伝統的な日本の橋梁建築と通じるところもある。

…が、たぶんそんなことより担当者の 「新規設計? そんな予算はねえよ!」 という声が聞こえて来そうな…まあ、いいんだけどね(^ー^;)



 

■千本松牧場


 
さて本日最後に目指したのは千本松牧場だった。途中、烏ヶ森公園に寄って行くかどうか迷ったのだが、小雨が振り出しているのでそちらはカットしてR400を爆走し、滑り込んだ。うひょー。


 
降っているのは霧雨みたいなものだが、さすがに花見客もぼちぼち引き上げ…という状況らしい。

開花の状況をみると、黒磯公園とほぼ同等くらいだろうか。開花したばかりで、花はほとんど散っていない。


 
…が、残念ながらここで雨が本降りになってしまった orz

ちょっと桜を見ながら散策…という状況でもなくなってきたので、今回はここまでにして引き上げよう。


 
…ということで、駆け足の桜検分は本日のところはこれにて終了である m(_ _)m

なんだか尻切れトンボみたいだけれど、来週あたりはもう少し山寄りでリベンジしてみることにしよう。

<完>



 

■おまけ


 
さてせっかく千本松牧場まで行ってみたので、久方ぶりにチーズケーキなどを買ってみた。


 
漢はいちいちナイフでちまちまカットなどしない。一気にがぶりと喰らいつき、そのまま全部食べ切るのが、正しい頂き方である。大地の恵みは豪快に食うのが旨いのだ ヽ(´ー`)ノ


<おしまい>